こんにちは、静岡岩本です。東海道五十三次、興津、由比、蒲原散策シリーズ 最終回の「蒲原宿」です。蒲原地区への立ち寄りは初めてでした。同じ静岡県でも初めて見聞きすることが多く内容が濃い散策でした。まず、初めての「蒲原駅」です。
蒲原駅は後ろが山、前を海に挟まれた駅で、前回のブログで紹介しました、「桜えびの発見」の発見者の船が展示されていました。
前回のブログはこちらです⇒東海道「由比宿」散策・レトロな街並みと桜えび・大繁盛の「浜のかきあげや」
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案内図を見て記念碑、なまこ壁の家、お休み処、旧五十嵐歯科医院、志田邸、戻って東木戸の蔵などを散策しようと思います。
①歌川広重の「蒲原・夜之雪」はミステリー?!で有名な記念碑を見に行きます。
駅から五分位の所に細い道に入りすぐにありました。小川が流れる一角に公園のような水飲み場や大きな木があり、暑かったので涼むにはちょうど良い場所です。
歌川広重の傑作の一つといわれる「蒲原・夜之雪」の図。広重が蒲原を歩いたのは7月といわれ(京都へ行く大名行列に絵師として加わったといわれている)、冬でも温暖な蒲原に雪が積もるのは珍しく、想像で描いたのではないかという説があります。7月といえば富士山ですら雪はなくなるのですから。海と山の間の東海道・蒲原に間違いないのだから、やはり想像かと。このミステリーは永遠ですね。この記念碑のある辺りで描かれたようです。
②ここを出て旧東海道に出ると、「なまこ壁の塗り家造り」の家が2件あります。
1件目は「吉田家」
昭和まで続いた和菓子を作っていた商家です。中も柱がなく広々した店になっていて当時の看板も土間にあるらしいですが、中を見学することはできません。
2件目は「佐藤家」
こちらは、元「佐野屋」という商家だった家です。「塗り家造り」は「土蔵造り」に比べて壁の厚みは少ないが防火効果が大きく贅沢な造りといわれたようです。屋根も寄棟で珍しいそうです。重厚感があります。壁など一部改修もされていますが当時の面影を残すできれいな建物でした。なまこ壁と、黒塗りの壁のコントラストが青い空に映えますね。
③次に「お休み処」に立ち寄りました。
江戸時代は「和泉屋」という上旅籠で、その後の地震でも壊れることなく、2階の手すりは当時のままだそうです。
桜えびの吊るし飾りが飾られていました。奥に入ると座敷にテーブルなどがありましたが、現在は見学のみでお茶をするところでもないようです。
③「本陣跡」大名、公家などが宿泊した大旅籠です。
門や塀、玄関などがあり、上質で格上の旅籠であることがわかります。参勤交代の往復に使用されたそうです。こちらも中を見学することはできません。
④地元の自治会の公会堂のようです。レトロ感があります。
⑤「磯部家」大正時代の手作りガラスの家。
2階の窓ガラスが、大正時代のガラスで少し波打った様な手作りガラスが嵌められています。近くで見れないのでよくわかりませんが何となくゆらゆらしている感じは見て取れました。近くで見せてほしいですね。
⑥大正ロマン感じる「旧五十嵐歯科医院」2階建ての緑色のレトロな洋館。国登録有形文化財に登録されています!
元々町家だった建物を町家の特徴を残しつつ、骨格はそのままに、ガラス張りにしたり洋風の下見板をはめ込み現在に残されています。大正3年に歯科医院を開業し、2階を診察室に改装して昭和16年までに3回増築しています。こちらは説明の方がいて解説してくれたのでわかりやすくじっくり見させていただきました。
玄関は下見板がついています。好きですね。このレトロ感
1階の和室には重厚な金庫が置かれています。入れ歯にしようする金が保管されていたそうです。
電話室があります。
ここの番号は23番で当時としては23番目にひかれた電話で今でもつながるそうです。
2階へ。町家づくりの土間に造られた階段から診察室に上がります。
階段を上がると広い待合室があります。
技工室もあります。今は、手作りの小物教室に利用されているようです。
診療室です。当時のままの診察台があります。ガラス張りで明るいです。
当時の五十嵐先生の診察風景です。今のように簡単に麻酔などしないと思うのでかなり痛かったと推測できますね。
特別待合室があります。明治の元老田中光顕伯爵」が治療に訪れたそうです。
豪華な欄間の細工や襖絵は見事です。NHKの「美の壷」でも紹介されたそうです。
すばらしい部屋を後に下に降り中庭の方に行くと東屋や蔵がありました。この蔵は今は使われていないそうですが漆喰がきれいに塗り直されていました。
中庭から見る、洋館と、東屋、灯篭など妙な一体感。中庭には池もあります。
外の勝手場には古民家にあるような窯がありました。最近は炊き出しなどに使われたそうです。
四角い五右衛門風呂もありました。浴槽は鉄なので板を敷いて使います。
五十嵐医院はまだほかにも紹介したい写真がありますがこの辺で。
⑦「志田邸」こちらも国登録有形文化財に登録されています!
志田邸は江戸時代の醤油工場だそうです。
珍しい、玄関わきの窓で「しとみ戸」といいます。跳ね上げ式の雨戸のようなものです。
座敷には昔の手書きのこいのぼりや天神様が飾られていました。
奥には農機具倉庫などもありました。わかりやすく農具の名前も書かれています。色々話を聞かせていただき、この後、管理されている方にお茶をご馳走になりました。
⑧最後に「渡邊家」の3階建て土蔵・なんと天保10年(1835年)築後183年の建物で国内でも4,5番目に古い建物です。
183年前の建物なのに耐震構造で建てられていて、四方の柱や他の通し柱も中心に向かって傾いています。過去の大きな地震にも耐えてきました。渡邊家先祖代々の功績、ご苦労、など貴重な公文書などが後世に残すために建てられたそうです。残されている、貴重な資料は「静岡県史」にも取り入れられているそうです。
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蔵の中です。しっかりした写真は撮れないので入口からの写真です。手前に渡邊家の先祖の方の人物画、奥に西郷隆盛、坂本龍馬の人物も。江戸後期から幕末にかけての記録が多く残されています。右手の日本地図は江戸中期の地理学者が書いたもので伊能忠敬よりも42年も早く作られたもので竹島も描かれていました。日本の領土だった証拠ですね。とても細かい地図で驚きました!
はじめて蒲原の街を歩いてみましたが、江戸時代から大正時代、昭和初期にかけての歴史を垣間見たような気がしました。町ぐるみでこの大切な建物や資料を次世代まで守っていってほしいと思いました。
最近の街歩き散策ではもっとも実のあるものになりました。
こちらの写真はほんの一部でもっともっと紹介したいのですがページ数もかさばってしまいますのでこの辺で。
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