こんにちは、岩本です。
またまた、伊豆修善寺シリーズ第三回、源氏一族滅亡の舞台となった修禅寺をめぐってきましたが今回は源頼家の墓と小さな経堂を紹介します。
少し山を登った静かなところにあります。そのまま行ったら民家に入ってしまいそうな路地にはいったところにありました。この建物の裏にあります。
建物の側面は民家
これは、北条政子が息子頼家の冥福を祈り、菩提所として建立したと云われています。伊豆では最古の木造建築です。塗装などをしていないため、派手さはなくひっそりと佇んでいます。ここの本尊には普通、持ち物のないはずの釈迦如来像が右手に蓮の花を持っています。自分の子を死に追い込んだ母が子の不憫な一生をあわれんでいるようです。この建物が歴史的価値から見てミシュラン2ツ星に評価されたのでしょう。
ここの指月殿の横に『源頼朝』の墓があります。18歳で鎌倉幕府の第2代将軍だったが病になったとたんに、まだ、死んでもいないのに家督争いでこの遠く離れた修禅寺に幽閉され北条氏に23歳で暗殺されたといいます。墓石には『征夷大将軍左源頼家尊霊』とかかれていますが、そんな威厳もなく寂しげにポツンと眠っている感じです。
少し離れたところに頼家の家臣13人の墓もありました。頼家が殺された6日後に謀反を企てたが挙兵前に殺された家臣の霊を祀ってあるそうです。
さて、この境内を降りていくと修善寺彫りの店がありました。看板猫もいました。この職人さんは竹を薄く削いだしおりに名前を彫ってくれます。
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