皆さまこんにちは、
八ヶ岳は清里在住の現地案内スタッフ山田です。
今朝の清里は、氷点下7℃の寒さとなりました。
北杜市は標高差が大きい為、天気予報はスマートフォン
を利用しますが、ラジオやテレビでの予想気温情報は、
基準点と清里エリアでは大きく乖離する為、私は清里の予想
気温を知る為には山梨県下では富士北麓の富士河口湖町
(ふじかわぐちこまち)の予想気温を参考にしています。
清里と富士河口湖町は年間を通して似た様な気温になるからです。
昨日の午前10時ごろから断続的に雪になり昨日から今朝未明にかけて
雪になりました。先週末の積雪は湿った重い雪でしたが、今朝の雪は
風に舞うパウダースノーとなりました。
今回は、八ヶ岳移住のきっかけの一つにもなった、私が尊敬する
ナチュラリストの田淵行男氏についてご紹介したいと思います。
ご存知の方も多いと思いますが、山岳写真家であり高山に生息する蝶の
特に謎の多かった(ヒメギフチョウ)の生態を博物学術的研究により
大きな功績を残した研究者であり、アルピニストでもありました。
田淵行男氏は明治38年生まれの鳥取県出身で昭和3年に東京高等師範
学校(筑波大学)を卒業後、富山県立新湊高等学校、東京学芸大学、
獨協高校などで教職につき昭和20年に現在の長野県安曇野市に疎開を
きっかけに、上高地、北アルプスをメインフィールドに八ヶ岳、浅間山
大山に通い高山蝶の生態研究、雪形研究、山岳写真に自身の生涯を
費やしました。自身はナチュラリストとしての自覚は無かったようですが
写真家としては46歳でデビューと云う遅咲きですが、蝶や昆虫の生態研究や
疎開後、安曇野の里山をホームに生涯日本アルプスとその自然を観察し続け
見守り続けた田淵行男氏は日本を代表するナチュラリストではないでしょうか。
田淵氏の山岳写真はコントラストの強い荒々しい山岳風景と、足長蜂や高山蝶
の生態、高山植物・動物に焦点を当てた詩的な要素を内包した記述的記録写真は
見る者の心に自然の豊かさ、荘厳さ、美しさを解り易く届けてくれます。
社会全体に不穏な空気が充満していく世界大戦の期間も、険しい日本アルプスを
縦横無尽に登攀しつづける孤高の人、田淵氏の言葉を幾つかご紹介したいと思います。
「私は山の写真は結局山との闘いであると思う ー略ー 極限まで満足できない私は、
あらゆる犠牲を乗り越えて山へ傾倒し、単独行に終始しているのもそのためである
苦しむには一人が一番好都合だから・・。」(「自序に代えて」『わが山旅』より)
長野県安曇野市豊科南穂高5078-2にあります 田淵行男記念館
何度も訪れていますが、カラーフィルムのない時代に高山蝶の羽の紋様の美しさを
記録する為に田淵氏が描いた細密画には息を呑む美しさがあります。また
氏が愛用した登山用品や撮影機材も展示されています。これを背負って北アルプスを
縦走し何週間も観察に費やした時間を考えるとやはり常人ではない事がうかがい知れます。
当時の機材は三脚も箱型の大判カメラも非常に重量があり、テントもキャンバス地の重い
素材のものであったようです。片桐特製の特大のキスリングや感光材はガラス乾板で
1ダース400gを10ダース携帯! 考えただけでも恐ろしい重量になる山行ですね。
記念館の前に広がるワサビ田は長閑な風情とこじんまりとした施設建物はとても
素晴らしくこれぞ田淵行男氏の記念館としてピッタリだと思います。
氏は生涯に30冊以上の著書を残し、その一つ一つを丁寧に手掛け、晩年は
パーキンソン氏病と闘いながら1989年に生涯を終えました(享年89歳)。
安曇野に住み続け、北アルプスをのぞみながら、次第に破壊されていく
自然と彼が追い続けた尊い高山昆虫・動植物の多くが失われていく現状を
見つめながらも残された自然に注視し記録し続け後世に残す事を続けた
田淵氏の生き方はまさにナチュラリストであったと思います。
最後に晩年の氏の言葉を紹介して終わりたいと思います。
「雲雀の声もきこえてこない 春肥の匂いも 流れてこない
蜜蜂の羽音もひびいてこない 春風が挽歌の野面を吹き抜けていく
白馬が挽歌の野末に浮かんでいる 春霞の奥で 挽歌にききいる 雪形常念坊」
(「自序」『安曇野挽歌』より)
そろそろ、我々は自然に対する考え方を改める必要があるのではないでしょうか。
長々とお付き合いありがとうございました、そんな私が八ヶ岳山麓生活の日々を
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投稿者プロフィール
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10年前に東京から八ヶ岳に移住してきた、三人娘の父。
山の中のギャラリーを運営中。
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